2013年6月28日金曜日

In 横浜

義母のはからいで、横浜のホテルに宿泊中だ。いつもながらあっぱれな景色。
全面に東京湾が広がり、右手にベイブブリッジ、そのさらに右横手前に氷川丸のとまる姿が見える。左手遠くには、東京の高層ビル群、そのちょっと右奥に、まるで空からすっと楊枝を立てたような姿で、スカイツリーが立つ。まったく梅雨だというのに、この景色。なんという幸運!

1日目の昨日は、荷物を置いたあと、ただただ気ままにランドマークタワーの方へと歩いてみた。前回横浜に来たのは、確か2年前。その2年の間に大分変わった。特に、三菱地所が手がけたというショッピングモールは、先週オープンとかで、結構なにぎわいだ。

心地よくわたる風がほんのりと潮の香りを運んでくる。顔を上げて空を眺めると、日本丸のものだろう、帆を立てる柱が目に留まる。行く道は、2車線道路に十分の広さだが、歩行者専用。左右の街路樹の緑が目に心地よい。

こんどは目を閉じて、潮の香りを乗せた空気を肺にグッと吸い込んでみる。

「日本にまた住むなら、こんどは横浜がいいかな。」

私のつぶやきを耳にして、1歩前を子供の手をとって歩いていたパパが振り返って微笑んだ。

ぐっと開けた大きな空、やさしい潮の香り、それでいて都会ならではのオープンテラスのカフェに、イタリアン、フレンチレストランが続く。また、ビルとビルをつないだショッピング街は、ちょっと立ち止まって覗きたくなるお店を連ねている。

とことん都会、でもちょっぴりエキゾチック。

このさじ加減がなんとも絶妙な横浜は、日本だけじゃない、アメリカのどの都市にもないオリジナルティーをもって進化している。 

2013年6月27日木曜日

相手の気持ちに、自分の気持ちを重ねてみませんか?


帰国して3日目、アメリカとはハンドルが逆、通行も逆の日本で、ゆるゆると気をつけながら車を走らせる。左折信号を出そうとして、これまた、ついつい逆の左レバーに手がのびて、「シャッシャッ」とワイパーが動き出す。

こんな調子でおっかなびっくり走りながら、住宅街の小道から大通りに出るところの信号で停まって青信号に変わるのを待っていた時だ。私の右脇からさっと郵便屋さんのバイクが出てきたと思うと、私の車の直前、左前にバイクを止めて、配達係は書留でも届けるのか、家の玄関先へ飛び込んでいった。私は一瞬ぎょっとしたが、青信号になったのを見て、バイクに車を当てないよう、ハンドルを右にきれるだけきって、車を発進させた。

日本に来て、こういう体験がもう何度かあった。
皆が、人に無関心というか、自分のことしか考えていないと思う状況に出くわす場面。

そして車を走らせながら考えた。なんで、あの郵便屋さんは、私の車の後ろにバイクを止めて、配達先までのほんの2メーターの距離を歩けないのか、と。

このなんともいえない違和感は、山手線にのった時にも感じた。

目白駅で、ベビーカーを押したお母さんが乗ってきた。車内に入るとお母さんは、汗が止まらない様子で、何度も何度もタオルを額に押さえつけている。ちょうどその時は、梅雨の合間の晴れ間で、気温は23、4度。確かに蒸し暑いとは思うけれど、車内に目を転じれば、男性人は皆、背広をしっかり着て涼やかにしている。

池袋駅で、大半の乗客がザザーっと降り始めた。このママさんもベービーカーを押しながらその流れにのろうと懸命だ。私も前輪を持ち上げて、ホームにあがるのを手伝った。


「ありがとうございます!」
とてもさわやかな挨拶をいただいた。

私も、
「今日はお天気で助かりますね。どうぞお気をつけて。」
と声をかけ別れた。

私の場合、子供が幼い時分は、ほとんどアメリカだったので、移動はもっぱら車。そして異動先で、双子なので、ダブルストローラーを使っていた。

モールの入り口で、ぐいぐいこのストローラーを押し入れていると、大抵、誰かが走り寄ってきて、扉を押さえたりして助けてくれた。本当に、ちょっとした気遣いや、手伝いが嬉しかったし、また助けられてきた。そのことを思い返すと、混んでいる東京都内。電車やバスでの移動も子連れにはシンドイことだろう、と思う。

その夜、ベービーカーを使用した電車の乗り方について規制を設ける動きのあることを、NHKのニュースで知った。電車のベービーカーが邪魔だからという内容だ。ベービーカーは、幼児を抱える家族にとっては、いわば移動の必需品。子育て最初の2、3年しかいらないものだけれど、授乳の時に必須の哺乳瓶のような存在だ。それが、邪魔だ、迷惑だというクレーム。何かおかしくないか?。

日本では、少子化進展のため、もっと子供を生みやすい、育てやすい環境を作らなくてはということで、以前には、児童手当なるものまでお目見えしたと理解していた。それを思うと、このベビーカーを取り巻く動きは矛盾してはいまいか?育てやすい環境をというならば、お尋ねしたい。子連れでベビーカーを押し押しいくお母さん達への皆さんの視線は、一体あたたかですかと。

アメリカでは、必ずといっていい程、ストローラーを押しながら荷物をもったり、扉の開け閉めで戸惑う時に、誰かが助けてくれた。そしてそれは大方男性だ。レーディーファーストのルールは、新参ママたちにも例外ない適応されて、男性は若者から年配の人まで違わず、ママたちが格闘している様子があれば、自然と手をさしのべてくれる。
新しい家族づくりに励む新米家族たちを温かく見守る視線がアメリカにはある。

ところが、東京という場所は、どうも皆、自分のことばかりが大切なようだ。
自分の子育て時の気持ち、兄弟や親戚の従兄弟が子育てに奮闘していたことへの記憶はどこへやらだ。というか、日本の男性陣の場合、毎日遅くまで働いていて、奥さんたちの子育て奮闘を目にしたこともなく、想像すら出来ないのかもしれない。


人の気持ちに自分の思いをもっとかさねてみてはどうか。
そうすれば、もっと皆が気持ちよく、ぎすぎすせずに暮らせる社会を作っていけるんじゃないだろうか。


2013年6月23日日曜日

会えてよかった

実家に7ヶ月ぶりに戻ってきた。子供の夏休みを使って、アメリカからの帰省。
「もう少しで着くから、待っててね。」
母に電話をして、タクシーに親子3人乗り込んだ。

路肩のいたるところに、あじさいの鮮やかなブルーが目に留まる。
かさばるからと傘も持たずに来た私たちを気遣うように、空はいつふってもおかしくないような雨雲をかかえながら、なんとか持ちこたえてくれている。

「あとどのくらい?」「もうすぐ?」
子供たちも落ち着かない。

のびた枝にたんまりと緑の葉が茂って、信号機の下にぶるさがっているはずの通りの名称が見えない。

曲がる場所をやりすごしそうになって、大慌てで、
「ここです、ここです、ここを曲がって」
と運転手さん伝えた。

大通りから逸れて、くねくねとまがる細い路をずっと進む。
そして、踏切をわたると、よーく子供の時、サイダーやふ菓子をかった酒屋の看板が
見えてきた。今はすっかりこぎれいになったその酒屋の路地を曲がると、
その通りの奥に、かすかに実家の灰色がかった塀が見える。

その塀横にタクシーを乗りつけると、昼に子供の大好きな回転寿しにつれていくための準備だろう。父が、ホースとスポンジを手に、車の天井をこすっていた。
「よーお帰り!」
父は、タクシーから走り出た子供に気づき、満面の笑顔で出迎えてくれた。

「あーよかった、元気そうだ。」

日本を離れていたこの7ヶ月、父は大変だった。

私の出立後1ヶ月ほどして、胃に悪性腫瘍を発見。その後、胃の大半を摘出した。
アメリカからは、電話やメールを通じて日々、父の容態を聞き、スカイプで手術後、すこしずつ元気を取り戻している様子を知ってはいた。しかし、この目で見たかった。父の血色のいい顔をみて、本当にほっとした。

「さあさあ、よく来た。あがれ、あがれ」
とせかされて、家の中に入れば、いつもの帰省と同じよう。冗談をかわしながら、おおしゃべりが始まった。

父と母は、120%の関心を注いで、
「そうだったのか」、
「それは大変だった」、
「それはよかったねー」
と、私たちが報告するアメリカでの家族の出来事、体験の一つ一つに反応しては、相づちをうつ。

「背が伸びたね、すっかりお兄ちゃんになったね。」
子供たちに向ける優しい視線。それに、はにかむ子供たち。

あー、家族っていい、最高だ。

2013年6月18日火曜日

セントルイスの雷雨はいつも、お•派•手

「ゴロゴロ、ドドドーン。」まだ青く晴れた空に
不気味な音が時折こだまする。雷雨が近そうだ。

「ゴロゴロゴロ。ゴロゴロゴロ。」
「ザラザラザラザラ。」
「ビビビビビー、ダン!ドーン。」

より一層、音のけたたましさが増したと思ったら、
「ピカッ」
空に閃光が走り、どしゃぶりが来た。

空はすっかり、鈍い灰色に転じている。
2階にある私の仕事場の窓から外を眺めると、窓の
左上角から右下斜めに向かって、だーだーと白い
雨のラインが大量に走るのが見える。眼下に見える道では、
なだらなか下り坂を左から右へ、雨がじゃんじゃんと川の
のようになって流れていく。

セントルイスの雷雨は、いつも賑やかで、また、なんとも派手だ。

黒い車が、背丈を超えんばかりの水しぶきを上げながら
通り過ぎて行った。この様子では、ドライバーの前方は、きっと視界ゼロに違いない。

雨音は一層激しくなる。家の前の道にパーキングされた大型バンの
タイヤに、この川のような水の流れがあたって、渦を巻いている様子が見える。

いつもなら、もうそろそろ携帯のバイブレーションが、ブルブルっときて、
「雷警報○○時まで発令」とメッセージが来るところだ。
今日は、それがまだない。
にわかに信じ難いが、この派手な雷音をもってもなお、雷は
以外と近くないということか。

ふとこのあたりの犬たちのことを思った。
近所一帯見ても、家の外で犬をかっている家が見当たらない。
皆、大型犬ですら、家の中でかっている。
日本では一戸建ての家では、
必ずと言っていい程、大型犬を外で見かけたものだ。

雨がより激しくなり、窓の外が白く煙っているようにすら見える。

もしかして、と急に思った。
犬を外で飼わないのは、このしょうっちゅうある土砂降りのせいだろうか?

犬の聴力は、ヒトの4〜6倍とどこかで読んだ。
この「ズッドン」「ドドーン」と鳴り響く音を
四六時中外で直に聞かされることになったら、
いい耳にはたまったものじゃないだろう。

雷雨で難聴。。。ヒトではちょっと聞いたこと無いが、犬にはあるんだろうか。
そもそも、犬も難聴になるんだろうか?

2013年6月17日月曜日

何事もバランス、っか

キッチン横の出窓から裏庭をぼんやりと眺めていると、
庭の南角にある低木が、だらーと手前にまで枝を伸ばしているのが目にとまる。
その裏手にある重い松の枝が、どうやら昨晩の雷雨で、手前の低木にまで、もたれかかったようだ。居場所がとられた低木は、手前に避難した格好だろう。

いやはや、この様子だと、夏の終わりには、この庭は、ぼうぼうと皆が好き勝手に枝を伸ばし向きを変えた木々たちで、さんざんたるあり様になりそうだ。

低木とは言っても、それは自分の背丈をさらに1メーターは超えるかと思われる高さだ。しかもそれが、3本ほど横並びで、こんもりとした茂みを作っている。はてさて、これはガーデニング初心者の私に、あつかえるしろものだろうか。

先週、なんとか前庭にあるつげの剪定を6本ほどと、つつじの剪定を無事終えて
ちょっと自信がついたとはいうものの、裏庭の低木は、膝丈のつげの剪定とは訳が違う。やっぱりプロにお願いするべきか。。。となると$$もかなりだろう。

しっとりと葉と枝の肌、それに足下の土表面が雨あと、みずみずしく輝いている。

私の頭の中には、このみずみずしさと透明で清らかな空気とが渡る、いつみても心踊る整然と細部まで整った美しい庭のが広がっている。しかし実際、目の前には、形もてんでばらばら、なんとリズム感も制裁感もない木々と雑草の生い茂った庭があるばかり。この理想図と現実とをひきざんした、いまの「たるみ」をプロに頼んで消去するとなれば、いやはや、美しく整った庭の構想は、我が家のとんだ金食い虫となりそうだ。

理想と現実、それにコスト換算。

結局、庭にちょっと目を向けただけで、「つまるところは”バランス”」っと、毎日頭をかすめるつぶやきが、こんなところでも私を追い立てる。

2013年6月14日金曜日

やっぱり分かってなかった。。。

「カキーン」お、これまた痛快な当たり。
ホームランだ。9回裏、2点差で追い上げていたところ、これで逆転だ。

アメフのオールスターのソフトボール試合。
畑違いというのに、プレーヤーは気持ちいいぐらい、ばんばんホームランをかっとばす。

やっぱり現役の選手はパワーが違うんだわーと関心しながら、バッターが塁を周り
ホームベースにタッチ、その後、チームメンバー皆がジャンプしたり抱き合ったりして勝利を祝している様子を見ていた。

その時だ。
「ママ、トイレ」
私の前で、それまで試合を食い入るように見ていた息子が、急に振り向いて言った。
「え!?」「すぐ!?」
一呼吸おいて、息子、
「んー。急いだ方がいいと思う。」

その一声で、一気にギアが入った。私は子供の手をとって、トイレサイン目指してひた走り出した。

トイレ、トイレ。キョロキョロしていると、階段の下に、紳士と淑女が行儀よく横並びした例のサインが目にとまった。よし、あった。

息子を無事送り届け、ほっと一呼吸置いたところで、息子、再登場。
「大丈夫だった?」
「うん」

「まま、サインが欲しい」
「え!?」
今度は何よ? よくよく聞くと、先ほど父親に買ってもらった白いフットボールに
選手のサインが欲しくなったそうだ。

マウンドの方を見ると、ネット裏に選手のサインを求めたファンの人だかりが出来ている。試合は終わった。今がチャンスだ、急がないと。

息子と私は大慌てで、階段を駆け上がって席に戻り、パパにあずけていたボールをつかみあげると、また一目散に階段を駆け下りて、ネットサイドへと駆け寄った。

息子を持ち上げて、最前席の通路にできたサインをねだるファンの列に入れた。
だれもが皆、プレーヤーに向けて、Tシャツやポスターやらとペンを持ち、腕を思いっきりのばして、サインをおねだりだ。選手はその中を歩みを停めず、次々とサインしていく。息子もめいいっぱい腕を伸ばしているけど、その短い手はどうにも目立たない。

「あーいっちゃった。」
やっぱり、子供のボールに選手は気付かない。

「ママ。I NEED HELP!」と息子。
そういわれちゃ、しょうがない。息子から、ボールとペンを譲り受け、別の選手の周りに出来た人だかりに飛び込んだ。なにせ子供に頼まれているから責任重大だ。私は思いっきり手をのばしたところで、「Please!! Please!!」と立て続けに叫んだ。効果はてきめん。選手は、私の手からボールを取り上げると、ばっちりサインしてくれた。

私は誇らしげにボールを子供に渡した。
すると子供、「ここも空いてる」と別の白いボールの側面を指す。

どうやら私がサインを求める様子を見て、要領を得たらしい。逞しく自分で人だかりの中に進んで行くと、今度は、子供2人が横並びで立つ場所の隙間にささっと身をよじいれて、短い手をぐっと伸ばした。

順番はちゃんとやってきた。
プレーヤーは彼からボールを取り上げると、サインしてくれた。
息子は自慢気だ。このボールは自分の部屋に飾るんだと大はしゃぎしている。

その姿を見ながら、アメフ選手のサインの価値なんて、まだきっと分かってないんだろうなーと思った矢先のことだ。もう1面だけ残った白い側面を差して息子、
「まだここにスペースがあった。ね、ママ、ここにママのサインして。」

。。。。。。。うーん、やっぱりまだ分かってなかった。

2013年6月13日木曜日

「わー見て、虹だよ、虹!」
30分前まで、どしゃぶりだった。
チケットを買って楽しみにしていた、アメフトのオールスターのソフトボール大会。もうてっきり中止と踏んでいた。それが止んだ。
パパは慌てて球場に電話する。どうやら試合は予定通りにあるらしい。「えー、初回を逃しちゃう!」慌てて車をとばして球場に向かった、その道すがら、大きな虹が現れた。

「空にかかる虹を見るなんて、もう子供以来だわー」とママ。
「すっごーい。本物の虹を見るのは、はじめてだよー僕」と6歳の子供1。
「見て見て、右っかわのところだけが見える〜」とその双子兄の子供2。
「ママ、写真、写真」とパパ。

家も見当たらない、ところどころ工場らしき物が前方遥かかなたーに見えるだけの
ひらったい土地。車を走らせながら、「一体、大丈夫なのここ!?」とひと気のなさが心細く、不安がドンドン高まっていた矢先のことだった。

この虹の登場で、ただ「だだっぴろーい」ばかりだったはずの景色に、一杯、感謝した。